保護猫に学ぶ等身大な生き方

SNSを見ていると、キラキラした同年代や活躍している同業者、思わず憧れてしまうような人たちが大勢いる。

そんな人たちに自分もちょっとでも近づきたい一心で、アレコレやってみるけど結局うまくいかなくて疲弊してしまう。

わたし自身もそうだけど、SNSに踊らされ、“映え”や他人の目、いいねの数を意識しすぎた結果、迷走したり疲れたり……。

そんなことを繰り返し、ふと立ち止まって自分を客観視すると「一体なにをしているんだろう」とむなしくなる。

SNSなんて、自分をよく見せるために手を尽くして、加工したり工夫したりして100%リアルなわけではないのに。

そんなことをぼんやりと思っていたら、饅頭のように丸まって微動だにせずくつろいでいた猫が、突然思い立ったかのようにむくりと起き上がり、ご飯を食べ始めた。

「猫は自由気まま」

猫というイキモノは、自由でマイペースに生きるのが特徴で、犬のようにお手や待て、おすわりといった所謂しつけが出来ないのが通説である。

それは、野生時代に単独でたくましく自由に生きてきた名残らしい。

保護猫

我が家の猫も例外ではなく、自由気まま。そんな猫を見て、「SNSに踊らされて、悩んだり苦しんだりするのって不毛だな」と思った。

わざわざ言うまでもないが、猫はSNSで悩まない。猫がSNSをするしないという話ではなく、もし仮に猫がSNSをするという時代が来ても、きっと猫は悩まないはずだ。

それは、猫は他人の目を気にしないし、他人に遠慮したり忖度したりしないから。

猫は自分がどうしたいかで行動をする。たとえ、大好きなニンゲンが落ち込んでいても犬のように察して、ニンゲンを慰めるために寄り添ったりはしない。

自分がニンゲンに甘えたいときにだけ寄ってきて、満足すれば去っていく。

お腹がすけば、突然起きて好きなようにご飯を食べ、満足したらまたくつろぐ。

眠くなったら寝るし、遊びたければ遊ぶ。

嫌な時は怒ったり逃げたりして、無理はしない。その分うれしいときは、しっかりと喜びを表現する。

そんな猫の生き方を間近で見ていると、素直でまっすぐで美しい生き方だなと感じるし、まさに理想的な生き方だなと思う。




ニンゲンには様々なしがらみや制約、人間関係や労働が付きまとうから、猫と全く同じような生き方は難しい。

でも、自分の気持ちに寄り添って無理はしない。頑張りすぎない。

時には自分のやりたいことや、やりたくないという気持ちに素直になり、それに従うということも大切なことなのではないかと、猫を見てて思う。

キラキラした他人のSNSの投稿に煽られて背伸びしたり、見栄を張ったり、自分を必要以上によく見せる必要は本来ならばどこにもない。

自分は自分でいいし、他人は所詮他人。そんな他人の目や己の中にある正体不明のプライドや見栄は、捨ててしまっても生きるのになんら支障はないはずだ。

猫はそんなシンプルで、でもとても大事なことを当たり前に体現して教えてくれ、さらに人間社会で這いつくばって、頑張る飼い主たちに大きな愛と癒しを与えながら、等身大の自分でいいんだよって心に語り掛けて肯定してくれる。

ただかわいいだけじゃなく、ただ自由なだけじゃなく、人生において大切なことまでしっかりと飼い主に教えてくれるニクイ奴。それが猫である。

保護猫

関連note:何者にもなれなかったわたしへ。等身大で生きていく2022




この記事を書いた人

amamiya beni

先代犬が保護犬だったことをきっかけに、現在も保護犬・保護猫と一緒に暮らしています。noteの有料マガジンで保護猫支援中。愛犬に関するコラムをはじめ、保護犬や保護猫に関する発信を飼い主目線でしています。詳細プロフィールはこちら